【学び】正しく「叱る」

学び/インプット

僕が本から得た“学び”

メンバーの行動を指摘する(叱る)前に、

✓ 共通の目的やビジョンをメンバーに示していたか?

✓ それは、メンバーに十分伝わっていたか?

✓ リーダーの行動として、不十分だったならば、それをまず認め、謝る。

その上で、

✓ 上司と部下を「上下の関係」ではなく、同じ目的やビジョンに向かって共に行動する「横の関係」と考えて、理想の行動と現実(メンバー)の行動との「差」を指摘する。

僕が読んだ本

「学びを結果に変えるアウトプット大全」(サンクチュアリ出版)

この記事を読んでほしい人

僕と同じような次の人に、この記事を読んでいただけると嬉しいです。
部下の「失敗」や「好ましくない行動」をどう指摘したらいいか悩んでいる管理職や上司の人

部下への指導には、「上司として優れていること、尊敬されていること」が必要と考えている管理職や上司の人

本を読む前の僕の話

職場運営をしていると、何らかの「問題」が必ず起きますよね。

その「問題」の対処のために、僕たち管理職がいるわけなので、出番到来ですね…。

メンバーが仕事で「失敗」したときや、メンバーの接客態度、仕事への取り組み姿勢が「好ましくない」とき、皆さんどのように「指摘」していますか?

皆さん、「感情的に」怒ったりすることは無いと思いますが、「叱るのが得意」という方も少ないのではないでしょうか。

僕は…得意ではないです。

そんな「叱る」ということについて、「学びを結果に変えるアウトプット大全」(サンクチュアリ出版)から“気づき”を得たので、ご紹介したいと思います。

“気づき”と僕が考えたこと

「叱る」とは、「失敗」や「好ましくない結果」に対するフィードバックです。

結果として「気付き」を誘発し、「対策」を講じて、「行動」の変化が起こり、「自己成長」が促されるのです。

引用元「学びを結果に変えるアウトプット大全」<著者:樺沢紫苑>(サンクチュアリ出版)

部下の「成長」のために、「叱る」ということです。

「失敗」や「好ましくない行動」を目の当たりにして、自分の感情や職場の評価に意識を向けず、
部下に「気づきを得てもらい、行動を変えてもらう」ことに意識を向けることが大事です。

ただし、好ましくない行動を変えるには、部下の「労力」(コスト)が必要です。

なので、「直せ、直せ」ではなく、
行動を変えた先の「自己成長」の価値 > 行動変化にかかる労力 を部下に理解してもらう必要があります。(こちらは、「価値・利益が人を動かす」をご覧ください。)

「自己成長につながる指摘」と部下が理解し、その指摘を信じて行動を変えようとするためには、何が必要でしょうか?

僕が必要と考えることの1つ目

まずは、仕事の「成功や失敗」、接客態度や仕事への取り組み姿勢の良し悪しを判断する基準、つまり、「目的やビジョン」を管理職として十分示していたか?ということです。

これが十分共有され、メンバーと共通のものになっていることが大前提です。

それが、不十分な状況なのに、一方的にメンバーの失敗や行動を「叱る」「指摘する」のは、僕は良くないことだと思います。

管理職として、不十分な点があったのならば、まずはそれを「認めて」「謝る」こと、それができて初めて、メンバーにも、こちらからの指摘を「聞く」姿勢が整います。

この「謝る」ということについて、「学びを結果に変えるアウトプット大全」(サンクチュアリ出版)には、こう書いてありました。

謝らない、つまり「自分は悪くない」「自分に責任はない」と考えている限り、インプット、アウトプット、フィードバックのサイクルは回らず、次に進めない。

つまり、「自己成長」しないし、同じ過ちを今後も繰り返してしまうでしょう。

引用元「学びを結果に変えるアウトプット大全」<著者:樺沢紫苑>(サンクチュアリ出版)

自分も管理職として成長していくためには、部下に「失敗」や「好ましくない行動」が見られた際、自分自身の行動を再点検し、不十分な点を「認めて、謝る」ことが重要です。

「自己成長につながる指摘」と部下が理解し、その指摘を信じて行動を変えようとするために、僕が必要と考えることの2つ目

「目的・ビジョンと、メンバーの行動の差を指摘する」ということです。

「叱る」「指摘する」といった行動を考えたとき、ついつい、「優れた上司、尊敬できる上司」が「愛情を持って部下を叱る」

そして、部下は「あの人が言う事なら…と行動を改善する」といった「上下関係」の人間模様を想像される方が多いのではないでしょうか。

上司と部下の上下関係

こういった人間関係や感情をベースに考えると、部下を動かしやすい気もします。

でもそれでは、「優れた上司」や「尊敬できる上司」以外は、「叱ることができない」「指摘できない」といったことになってしまいます。

そういった人間の「徳を積む」的な話ではなく、仕組みとして、「叱る」「指摘する」ということを考えてみたいと思います。

(1)まず、大前提として、「共通の目的・ビジョン」がある。

(2)その下に、上司と部下、それぞれの役割を担う人がいる。

(3)上司は目的・ビジョン達成に向けた戦略・計画を立て、部下は、計画の実行者として行動する。

(4)上司は、部下の「行動」と「目的・ビジョン」を照らし、気づきや指摘(フィードバック)を部下に与える。

(5)部下は、上司から与えられた気づきや指摘(フィードバック)を基に行動を改善する。

(6)この繰り返しを経て、目的・ビジョンの実現に近づいていく。

上司と部下の横の関係

こう考えると、上司と部下は、「上下」ではなく、同じ目的・ビジョンに向かう「横」の関係になります。

また、「叱る」「指摘する」対象は、部下「個人」ではなく、部下の「行動」になります。

上司のフィードバックにより、共通の目的・ビジョンに近づく実感を部下が得ることで、「部下から上司に対する信頼」が生まれます。

そうして、「この指摘は、自己成長につながる」「この上司の指摘を信じることは、正しい」と部下が理解します。

上司の側も、「役割」として、「叱る」「指摘する」のですから、自身の能力の高低や人柄、部下との関係性を気にする必要はありません。

「偉いから、叱る」「愛情があるから叱る」わけではないのです。

正しく「叱る」「指摘する」ということは、しっかりと自分の役割として、「目的・ビジョンと、メンバーの行動の差を指摘する」ことだと、僕は考えます。


メンバーの行動を指摘する(叱る)前に、

✓ 共通の目的やビジョンをメンバーに示していたか?

✓ それは、メンバーに十分伝わっていたか?

✓ リーダーの行動として、不十分だったならば、それをまず認め、謝る。

その上で、

✓ 上司と部下を「上下の関係」と考えるのではなく、同じ目的やビジョンに向かって共に行動する「横の関係」と考えて、理想の行動と現実(メンバー)の行動との「差」を指摘する。


本から得た学びを実践し、より良い明日、
より良い世の中に。

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