<読ませていただいた本>
・「自分とか、ないから。教養としての東洋哲学」<著者:しんめいP>(サンクチュアリ出版)
<僕の気づき>
◎職場の「上司・部下」という関係は、ただの「役」である。
▶部下の「役」を演じてくれる人がいるから、「上司」の「役」を演じられる。
▶上司という「役」を演じられること、部下という「役」を演じてくれていることに感謝する。
僕は、『管理職や部下は「機能」に過ぎない』という考え方について、別記事『【学び】「上司は部下よりも優れていなければいけない」という「思い込み」から自分を解放する方法』で書かせていただいていました。
この「機能に過ぎない」という考え方を持つことで、
・上司は、仕事・職場で「決める」
・部下は、仕事・職場で決められたことを「実行する」
という、それぞれのやるべきことを僕は明確にすることができました。
その一方、「機能」という少しドライな、機械的な言葉を用いることで、そこに「感情」や「思い」といった人間的な要素を排除するようなイメージを僕の中に持ってしまっていました。
仕事に関しての「感情」や「思い」、つまり、「人間性」が大切という考えについては、別記事『【ショート】自分の「人間性」をマネジメントに込める』に書かせていただきました。
この本のおかげで僕は、
・上司や部下を「機能」と捉えること
・「人間性」を大切にすること
この2つを自分の中で融合させることができるようになりました。
職場の「上司・部下」という関係は、ただの「役」である。
職場の人間関係について、みんなが上司や部下といった「役」を演じているだけと考えてみると、その関係は簡単に変わったり、消えたりするということを僕は学びました。
会社に属している限り、見た目は上司・部下という関係は維持されていて、職務上の指示・命令といったことは可能だと思います。
でも、心の中で「自分はもう、あなたの部下じゃない。」と思われた時点で、その部下に仕事の成果や成長を期待することはできないと僕は考えます。
そうなると自分も「上司」としての成果をあげたり、成長することはできなくなります。
つまり、「役」を放棄することで、会社が求める「上司」や「部下」がいなくなってしまうのです。
自分が「上司」でいるためには、部下に『部下という「役」』を自らの意思で演じ続けてもらう必要があると僕は考えます。
上司・部下の関係が、絶対的なもの、不変なものではないと思うだけで、その関係がとても「ありがたいもの」に感じるようになりました。
だから僕は、役を演じてくれている部下に「感謝」する気持ちを持ち続けたいと思います。
この「部下への感謝」を忘れなければ、上司・部下の関係で生じる様々なコミュニケーションの問題は、解決するように僕は思います。
そして、その部下の「感情」や「思い」といった「人間性」を大切にすることができ、その結果、上司・部下の機能の十分な発揮にもつながると僕は思います。
本から得た学びを実践し、より良い明日、
より良い世の中に。
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